製図の歴史

家を建てる時に必要な設計図。しかし、幕末に製図技法が伝わるまで、日本の家屋の建築に設計図はなかったようです。

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家を建てる時に必要な設計図。しかし幕末に製図技法が伝わるまで、日本の家屋の建築に設計図はありませんでした。 それ以前は大工の棟梁が設計士であり、長年の経験や秘伝として受け継ぐ技術(部材や部材同士の寸法を体系化した木割術や、接合部などの部材の形状を作り出す規矩<きく>術)を身につけていたため簡単な板図だけで家を建てることができたのです。

図面の原図を手書きで複製

明治時代になると日本にも製図技士が誕生します。当時はまず用紙を水でぬらして木の製図板に張りつけ、乾かして密着させてから鉛筆で図面をひきました。次に出来上がった図面をトレーサーが複製します。原図に薄い紙を重ね、烏口(からすぐち)を使って手書きでなぞるので時間がかかるし、誤りも多かったようです。

青焼機の登場

そういうなかで1842年に「青写真」が発明されます。原稿と感光紙を重ねて露光すると、光をとおさない黒い部分が白く残り、感光したところが青く発色するのでこう呼ばれます。その後1920年にジアゾ式複写機(青焼機)が開発されて建築図面に使われるようになったことから、設計図のことを青写真(青焼き)と呼ぶようになりました。

そして1950年代にようやく、今ではあたりまえの「どんな原稿からでも普通の紙にコピーができる」という画期的な電子複写機が登場。70年代に急速に普及しますが、まだまだコストが高かったことから原図をトレーシングペーパーにコピーし、それを青焼きするという方法がとられることが多かったようです。

製図は2次元から3次元に

そして1980年代、ついにCAD(設計支援のシステムソフト)の時代が到来。コンピュータで図面を描くだけでなく、立体形状をCGでシュミレーションできるようになり、製図機が次々と姿を消してゆきました。

さらに2000年代にはBIMが登場。コンピュータ上にまず3Dモデルを構築し、そのマスターモデルから各種図面を切り出すため、どこかに変更があればすべてのデータが連動して自動修正されるのが大きな特徴。また疑似空間で建築物の性能チェックをおこなうことさえ可能になりました。

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